憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
廊下に出た瞬間、シンと静まり返る。
尚、そう呼び掛けようとして思わず「ひっ」と声を上げてしまう。
「……相変わらず、あの女」
一気に、空気が絶対零度まで下がる。
地の底を這うかのような、黒王子の声音に、あたしと千秋は思い切り竦み上がる。
ぐいと、血のついた唇を乱暴に拭った。
「と、とにかくさ、ほら!珈琲でも飲んで落ち着こうぜ。俺、奢るからさ」
千秋が、尚の肩をぐいぐいと押しながら、病院の中庭にあるベンチへと座らせた。
そこは中央に白亜の大理石で造られた噴水がある、とても綺麗な場所だった。ここに入院をしている患者達や、その家族が散歩を愉しんでいる。
「それにしても、あのオバサン、すっげェ怖いのな」
「こ、ここ、こらっ!千秋!!」
結衣ちゃんの母親に対して、どストレートな感想を述べる千秋を慌てて嗜める。
けれど、尚はどうやらそれがツボにはまったのか、くつくつと笑う。