憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
「経営者としては、確かに優秀だからね。大学や企業から、色々と講演を頼まれているらしいけど」
なんてことないように尚は言うけれど、"葉山章吾"の名前なら、あたしだって知っていた。
さまなざまなベンチャー企業に買収を仕掛け、いわゆるマネーゲームで先手を取りながらわずか10年で今の地位を得た天才企業家。
「……尚」
思わず、名前を呼んだ。
尚は相変わらず、無表情のままであたしを見る。
「大丈夫?」
自然と、そう問いかけていた。
妹の前でも、実の父親の前でも感情を押さえ込んだままにする尚。
苦しくは、ないの?
お節介だとはわかっていたのに、口を出たのはそんな言葉だった。
尚は、少し驚いたように目を見開いたあとに、口元を緩めた。
「結構、平気」
返された言葉は、嘘じゃないのだと信じていいのだろうか。
あたし達は、飲み終えた缶をゴミ箱に投げ入れて、橙色に染まり始めた中庭を歩く。
「平気じゃなくなる前に、言えよな」
前を歩く尚は、どんな顔をしているのだろう。
それを知ることは出来なかった。