憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
その綺麗な顔を、幾筋もの雫がすべっては床に小さな染みをつくっていく。
拭うことすらせず、千秋はゆっくりと瞳を閉じて、そして噛み締めるように言うのだ。
「なんでわかんねーんだよ」
「千秋、あの……」
「こんな、真知の前で泣くなんて醜態まで晒してんのに。俺にこんな、寂しい思いさせてどうしてくれるわけ?」
思わず立ち上がっていた。
笑みが消え、代わりに寂しさをいっぱいに滲ませた千秋に、思わず目を見開いた。
「心配くらい、させてよ。俺にとって真知も、ヒサも、他人じゃない」
「うん……、ごめん、千秋…」
分かるのが遅い。そう不満気に言う千秋に、もう一度頭を下げた。今度は、チョップが落とされる代わりにどこか遠慮がちに抱きしめられて、ぐずる子供をあやすようにぽんぽんと背中を叩かれた。
「嘘を吐いても、欺いても、ヒサは俺を裏切らないって言ったよ。真知は、俺を裏切ったりする?」
「……そんなこと、一生あり得ない話だわ」
「はは、なら良かった」
千秋の声が、身体を通じて優しく響く。
出尽くしたはずの涙が自然と浮かんだ。千秋の、人を安心させる空気は昔から変わらない。あたしはこの空気を感じるたびに、ドキドキと心臓を鳴らしたのに、今は逆に落ち着きをくれるのだ。