憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
「時にはな」
以前、逆に踏み込みすぎて尚をご立腹させた千秋が困ったように笑う。
千秋の言う"その時"こそ、あたしにとって間違いなく今なんだ。
ここで二の足を踏んでいては、今度こそ取り戻せなくなってしまう。それは確信だ。パンパンになったボストンバックを肩に掛けて立ち上がる。予想以上に重たいそれにふらりとよろければ、すかさず千秋が横から支えてくれた。
「ったく、ほんとう、世話の焼ける幼馴染だな」
そう呟いて、小さく肩を竦めた。
玄関から外に出れば、肌にじわりと纏わりつく夏の熱。目を細めながら、重たげに空に浮かぶ入道雲を見上げた。
「ちょっと待ってろ」
千秋は、一言そう言って向かいの自宅へと戻り、すぐに何か小さなものを握り締め玄関から現れる。
なんだろうとじっと見つめていれば、ぱっとキーホルダーを指に掛けてこちらへチラチラと揺らした。
それは、バイクの鍵だった。