憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
「それで、話って何?悪いけど、本当、疲れてるんだ。大した話じゃないんなら、帰ってもらえると助かるんだけど」
平坦な調子で、そんな風に言ってのけるのだ。
思わず、口をぽかんと開けて尚を見つめるあたしに、怪訝そうな顔をしている。
相変わらずだ、この男は。
周囲の状況や他人の感情について覚いはずなのに、肝心なところで鈍感だ。もはや、無意識に気づかない振りをしているんじゃないかと疑ってしまうくらい。
「納得いきません。どうして、あの別れ際、尚はあたしにキスをしたんでしょうか?」
「……え、なんで敬語。ていうか、そんな話をするために、わざわざ?」
「そんな話、ですって!?」
ぱちくりと目を瞬かせる尚に向かって、あたしは思わず声を上げた。
身体中の血が、いっぺんに頭にのぼってしまったんじゃないかと思うくらいに、頭の中が熱い。くらくらと、目の前が揺れる。
必死に冷静になろうと、水滴のついたグラスを手に取り、こくりと一口飲む。それでも、一向に駄目だった。
沸騰した感情に、冷静さは一瞬でじゅわりと蒸発する。
「あたしを、解放してくれたのよね。じゃあ、どうしてあんなことしたの。お陰で、この一週間、ずっとあんたのことばっかり考えちゃって、こっちのがよっぽど寝不足なのよ!」