憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
美香子。
それは、結衣ちゃんの母親からだった。尚は、ちらりと腕時計で時間を確認しながら、丁寧な口調で問う。
『どうして、貴方なの。一体、結衣に何を吹き込んだの!どう誑かしたのよ!?あの女と同じ顔で!』
随分と一方的に喚き散らす美香子さんの声は、あたしのところまで筒抜けだった。
「……結衣に、何かあったんですか」
『また、倒れたの。一昨日から体調も良くなくて。意識も朦朧としているはずなのに、尚さんの名前ばかりを呼ぶのよ!私のことは一度も呼ばないくせに!!』
漏れ聞こえた内容に思わず息を呑んだ。
―尚を、私に頂戴。酷く思いつめた表情であたしに言った結衣ちゃんの表情が脳裏を過ぎる。
『冗談じゃないわよ。なんで、どうして貴方ばかり……!』
怒りと失望に震える声だ。
尚は、無表情のまま淡々と美香子さんの言葉を受け入れていく。ようやくそれが途切れたのを見計らって、ようやく口を開いた。
「今、病院ですよね」
『だから、何だっていうの!関係ないでしょう!?』
「結衣が呼ぶなら、関係ないわけない。これからすぐに伺います」
『会わせないわよ』
頑なに拒む美香子さんに、尚は一拍置いた後に言う。
「けれどそこに、葉山章吾はいないのでしょう」
息を詰らせた美香子さんは、何も答えなかった。結局、まるで返事の代わりであるかのように無言のまま通話は切れた。