憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
ぎゅうと携帯を握り締めた尚の背を、ぽんと叩く。
「ほら、行くんでしょ」
「真知……、ごめん」
尚は、視線を床に落としながらぽつりと謝った。
首を横に振って答える。むしろ、謝らなければならないのはあたしの方だ。自分のことでいっぱいいっぱいで、大切な事を二の次にしようとしていた。
「あたしも、一緒に行く。結衣ちゃんには、いつかきちんと伝えなきゃいけないことがあるから」
「真知が、結衣に?」
不思議そうに、尚は首を傾げた。
バイクのキーを取り、玄関へと向かう尚の背を見つめる。尚が、"偽りの恋人"を仕立て上げてまで逃げようとしていた結衣ちゃんとの関係に向き合おうとしているのが、さっきの電話からも伝わる。
あたしの前に立つ尚は、ドアハンドルに手を掛けたまま、一瞬戸惑いを誤魔化すように動きを止めた。小さく、俯く。
「尚、どうしたの」
「……覚悟なんて、とうに決めたはずだけれど。やっぱり、怖いものだね」
苦笑する尚の横顔にハッとした。
父親の裏切りと母親との死別で、生を受けた瞬間から独りとなり、それからずっと演じながら人と接してきた。
感情に嘘を吐いて、囲む人々を欺いて。彼を孤独へと追い込んだ父親から全てを奪うために。
それは、復讐というにはきっと何か足りない。地位も、名誉も、ただ全てを奪おうとする行為が、孤独だった尚を支えていたんだ。
美香子さんに逆らって結衣ちゃんに、そして自分自身に向き合っていくということは、その支えを失うことだ。