憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
面会時間を過ぎた病院は、照明も淡く想像以上に静かだった。
こつこつと、あたしと尚の足音だけが響く。
正面玄関は既に閉められていて、予め許可が得られていた裏門から院内へと通された。エレベーターに乗り、個室の集められたフロアで降りる。廊下の奥から二番目、そこからだけドアの隙間から細い光りが漏れていた。
そこが、結衣ちゃんの部屋だった。
「失礼します」
こんこんとノックをして、返事を待たず尚が部屋へと足を踏み入れるのに続く。そばにあった簡易ベッドに腰掛けていた美香子さんが、その瞬間に音を立てて立ち上がるのが見えた。
「会わせないと言ったはずよ!」
「ええ。けれど、あなたの言うことを聞く筋合いは俺にない」
「な、なんですって!?」
声を荒げる美香子さんに対し、尚は冷やりとした空気を少しも乱さず、ゆっくりと歩み寄る。美香子さんは、そんな尚の様子に驚いた様子で目を見開いた。恐らく、彼女は初めて目にするのだ。"ほんとうの尚"を。
決して葉山に逆らわず、無害で、思慮深い青年。
それまで見せていたその姿はすっかりなりを潜めてしまっている。