憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
静かに、結衣ちゃんが眠るベッドサイドへと立ち、瞼を閉じる結衣ちゃんの頬を静かに撫でた。あまりにも優しい、慈しむような仕草。
それは、尚の唯一の家族である結衣ちゃんにだけ見せる顔だ。
尚のことを心底嫌っているであろう美香子さんでさえ、その空気を壊すことが出来ないでいた。ぎゅうと唇を噛みしめて、ただ尚を睨むだけだ。
「結衣は、アメリカに戻るんですか」
「どうして、あなたが知っているの?結衣が話した?」
棘を含んだ美香子さんの声を意にも介さず、尚は小さく首を横に振る。
結衣ちゃんに触れていた手を、そっと離した。結衣ちゃんの顔色は良くない。真夏だというのに、まるで雪みたいに白いのだ。
「……ひさし?」
音を無くした病室に、小さく掠れた声が不意に生まれた。その瞬間、ハッと我に返った様子の美香子さんが結衣ちゃんから尚を引き離すようにして腕を広げた。
「結衣に近づかないで!!」
「ママ、やめてよ……、尚に酷いことしないで」
「どうして、結衣はそんなにまでして尚さんを庇うの!?あなた、私たちが彼らのせいでどれほど惨めな思いをして生きてきたか分かってるでしょう!ママを困らせないで!!」
「……困らせてなんてないよ」
「じゃあ、ママよりこの男を選ぶんじゃあないわよね」
目覚めたばかりの結衣ちゃんを気遣う余裕すら、もはや彼女は失ってしまっている。突き放すような娘の視線。それにようやく気づいた頃には、もう遅いのだ。