憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
「……選ぶはずない。けれど、」
結衣ちゃんの顔がくしゃりと歪んだ。
「ママはいつも、私より尚を見てた」
美香子さんは、目を見開いて結衣ちゃんを見つめた。何かを言いたくても、言葉は喉に仕えたまま出てこない。俯き、呻き声だけ漏らして。そのままゆっくりと病室を出ていった。
「……良い気味だわ」
吐き捨てるように言って、結衣ちゃんは嬉しそうに目を細めながら尚に視線をやる。こんな風に、年相応に恋をする顔。誰が見ても、結衣ちゃんは尚のことが好きなのが分かる。
「尚が来てくれるなんて思わなかったから、嬉しいな」
「……結衣。具合はどう?」
「みんな、本当にオーバーだわ。ちょっと暑くて倒れちゃっただけなのにさ。それに尚こそ、具合でも悪いの?」
結衣ちゃんは、無理矢理口角を持ち上げて笑おうとしている。ぎゅっとシーツを握りしめて、言った。
「いつもより、ぜんぜん口数が少ないよね。表情だって、なんか乏しいっていうかさ。いつもの良いお兄ちゃんな顔はどこいっちゃったの?」
「結衣、俺は」
「ねえ、尚。それとももう、嘘吐くのやめたいの?」
無表情のままの尚、けれど明らかに取り巻く空気が変わった。結衣ちゃんの冷え切った目があたし達を睨む。気づいていたの。今まで兄として接してきた尚の姿が、演技であったということに。