憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
無言のまま病院を出たところで、ひとつの人陰が見える。
「……美香子さん」
「本当に、汚らわしいわね。無害な振りして、血のつながった結衣を散々誑かしていたわけ。ようやく化けの皮が剥がれたわね。あなたが危険人物だってこと、章吾さんにも話さなきゃ。そうしたらもう二度と……」
「うるさい」
「っな、なんですって」
尚は、一歩、美香子さんに近づいて彼女を真上から見下ろす。月夜に浮かぶ尚の顔はどこまでも綺麗なのに、冷徹な雰囲気に背筋がぞくりとする。
「話せばいいよ、もう何も困らないから。葉山章吾の影を追うのも、もう飽きた。俺は俺のやり方でやる」
「何が出来るのよ」
美香子さんの横を小さく笑って通り過ぎる。
「なんだって。何しろ、時間なら、これから沢山あるからね」
そう言って、美香子さんに向かってそれは美しく微笑んだ。
そんな彼を前に、美香子さんはもう返す言葉が見つからないようだった。やっぱり、どんな状況だって尚は尚だ。
「行くよ、真知」
「う……、うん」
尚は、それから一度だけ後ろを振り返った。
「あなたが本当に気にしなきゃいけないのは、俺じゃないだろ」
その尚の言葉を持って、ようやく何かに気づいた美香子さんは、そのまま悔しそうに尚を睨んだ後、足早に病室へと戻っていったのだった。