憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
結局尚のマンションへと戻った頃には夜の11時を過ぎていた。
尚は、挽いてあった豆でコーヒーを淹れて、無言のままあたしへと差し出した。ふわりと香る良いにおいにようやくホッと息をつく。
「美香子さん、びっくりしただろうね」
視線を落としていた尚が、ゆっくりとあたしを瞳にうつす。帰り道から口を開こうとしなかった尚だけれど、あたしを家に帰すこともしない。
「……結衣ちゃんって、きっと尚が思うよりずっと大人だね」
「別に、俺は……」
「尚がこんなに悩むの、結衣ちゃんの他に誰が居るのよ」
そんなあたしの言葉に、尚は不機嫌そうに眉を寄せた。図星だ、思わず小さく笑いをこぼせば「真知のくせに生意気」と、何とも酷いことをおっしゃった。
「尚はさ、結衣ちゃんには優しいよね」
「そんなことないよ、ほんとうに」
てっきり照れて怒るのかと思えば、尚の言葉に抑揚はない。心底嫌悪を滲ませて、ぎゅうとカップを握りしめる。
「だって、俺は……、厄介だとしか思ってなかった。葉山章吾の信頼をようやく得た。取り入って、聞き分けの良い優秀な駒に成り下がった。計画通りに進んでいたのに。結衣に好きだと言われて、俺は本当に、それしか思わなかったんだ。どこが優しい?」
自嘲気味に言って、尚は綺麗に笑った。