憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
今度ははっきりと聞こえた。
遠くからでもわかる満面の笑みで手を振のは、今まさに話題の中心だった千秋だった。茶色の髪が、あの日と同じように光を孕んでやわらかく揺れる。駆け寄りながら、半ばタックルでもするかのように飛びついて千秋が大袈裟にハグをしたのは。
「ちょ、ちょっとお!」
思わず声を上げてしまう。
違うだろ、そっちじゃなだろ普通!
「……千秋、離れて」
「いやだ。ぜったい、いやだ」
頑なに離れまいと尚の両肩に手を置いたまま、一歩だけ身を引く千秋。
「よかった。ヒサがここにいて」
薄茶色の瞳が、優しく揺れた。
離れていってしまわないで、よかった。またこうして会えてよかった。大袈裟だって笑わないで。走ったせいで、大きく肩で息をしながら、次々と吐き出すように千秋は言った。
「あんまり、心配させるなよ」
友達だろ。そうはっきりと言った。
「そうだね、ありがとう。千秋」
尚は、小さく微笑んだ。その言葉に驚いた千秋が、今度は驚きに目を丸くしたまま黙り込んでしまう。
「……あー……、もう」
かしかしと、困ったように頭をかく千秋。
その姿がおかしくて、あたしは思わず吹き出していた。