憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
「どうして、尚さんがいいのかしら……。結衣は」
尚の頬に、じわりと血が滲む。
それを拭うこともせず、尚はただ無言のまま美香子さんを見つめている。
「母親なのに、わからないの。憎いあなたばかりを見て、結衣を見ようとしたことなんてやっぱりなかったのよね。本当に、悔しいけれど。尚さんの言うとおりだったのかもしれない」
美香子さんは、小さく息を吐いた。必死に、激しく軋む感情を自身でおさめられるようにじっと胸を押さえる。そうして、尚からそっと距離を置いた。
「あなたなんて大嫌いよ」
「俺も、あなたが大嫌いだ」
間髪入れず返した尚に、美香子さんは愉快そうに声を上げて笑った。
「でも結衣は、あなたが好きなのね」
美香子さんは尚に背を向けた。
言葉とは裏腹に、彼女が纏う空気は少しだけ変わった。ようやく、向き合ったように感じる。そうさせたのはきっと結衣ちゃんだ。
中庭から美香子さんの姿が見えなくなり、尚はぐいと血が滲む頬を乱暴に拭った。
「あの人のいうとおり、結衣をあそこまで追い込んでしまったのは俺だ」
「……尚」
「無理をおして、俺に会いに来て。さっきだって、ずっと我慢してた。家族になろうと必死になってたのに、気づかないわけない」