憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
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「千秋、起きてよー」
ぺしぺしと千秋の頬を叩いてみるものの、反応は無い。
規則正しい寝息だけがすうすうと漏れていて、完全に千秋は熟睡していた。
「もう置いて帰ればいいんじゃないの」
投げやりでそう言う尚をキッと睨んで、あたしは千秋を揺らし続ける。
ふう、と尚が溜息をついて、千秋の脇から肩を入れた。
「ヒサシ?」
「行くよ、これで会計しといて」
「え、でも……」
「後でちゃんと千秋から金は貰うから」
このあいだ、あたしがしたように、尚は千秋を肩に担いでいた。
その細身の体のどこに、そんな力があるのだろう。
「う、うん」
あたしは尚が出口から外に出るのを見ながら頷いた。
受け取ったお金でお会計を済ませて外に出れば、すでに尚はタクシーを捕まえていた。
「ありがとう」
「なんで、真知がお礼を言うのさ」
相変わらず、馬鹿にしたような口ぶりだけれど、後部座席で寝ている千秋を見て、尚の見えにくい優しさが、なんだか無償に嬉しかった。