憂鬱なる王子に愛を捧ぐ

  ***

「千秋、起きてよー」

ぺしぺしと千秋の頬を叩いてみるものの、反応は無い。
規則正しい寝息だけがすうすうと漏れていて、完全に千秋は熟睡していた。

「もう置いて帰ればいいんじゃないの」

投げやりでそう言う尚をキッと睨んで、あたしは千秋を揺らし続ける。
ふう、と尚が溜息をついて、千秋の脇から肩を入れた。

「ヒサシ?」

「行くよ、これで会計しといて」

「え、でも……」

「後でちゃんと千秋から金は貰うから」

このあいだ、あたしがしたように、尚は千秋を肩に担いでいた。
その細身の体のどこに、そんな力があるのだろう。

「う、うん」

あたしは尚が出口から外に出るのを見ながら頷いた。
受け取ったお金でお会計を済ませて外に出れば、すでに尚はタクシーを捕まえていた。

「ありがとう」

「なんで、真知がお礼を言うのさ」

相変わらず、馬鹿にしたような口ぶりだけれど、後部座席で寝ている千秋を見て、尚の見えにくい優しさが、なんだか無償に嬉しかった。
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