憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
プシュ、とプルタブを開けてビールを口へと流し込む尚。
こいつ、なんだかんだ言ってそうとうザルだ。さっきから、結構な量を飲んでいるくせにほとんど変わらないなんて。
「尚……、家に連絡しなくていいの?」
「俺、一人暮らしだし」
「え、そうなの!?」
こんな基本的情報すら知らないとは。いくら契約彼女とはいえ情けない。
というか、考えてみれば、あたし達はこいつのことなんて、名前以外に知ることなんてほとんどないんだ。
安い発泡酒でさえ華麗に飲み干す尚を見ながら、思う。
自分でも気づかないうちに、あたしはじっと尚の横顔を眺めていた。
「なにみてんの」
「うわ、ごめん」
思わず謝る。
意味わからない、と首を傾げる尚。
うん、わからない。ほんとう。
どうして、こんなに心の中がモヤモヤするんだろう。さっきまで晴れていたのに、急に霧かなにかが立ちこめて、あっという間に見えなくなってしまったみたいだ。
黙りこくったあたしを、尚が不思議そうに見つめる。
なんでこんな風に思うんだろう。
こんなヤツのこと、どうでもいいはずなのに。何も知らない、という事実をこんなにもショックだと感じるだなんて。