crocus
周兄ちゃんが両手をスクラムさせるときは、言いにくい話の時なことを知っている。
今、そうしているっていうことは、つまりそういうことなんだろう。…予想を張り巡らせて、ある程度覚悟しようにも、うるさい心音が邪魔して何も考えられない。
「…健太くん家な、引っ越すんだって」
「……え?」
「あの公園で言ってた。…それから、な…健太くんが不良共に渡したっていうカブトムシ、あれマキオじゃなかったぞ」
「……え?」
まるで耳に心臓が移ったように、トクトクトクと鼓動ばかり聴こえて、そこにいる周兄ちゃんの声が遠くから聞こえる。
「健太くんに『小学校の中にある一番大きなもみじの木の所に行ってもらえませんか?』って言われて…お前をおぶって行ってみたら、本物のマキオがいた。…まぁ、とにかく健太くんの姿を見たのは公園が最後だ」
周兄ちゃんが言い終わる前に無意識の内に部屋を飛び出していた。
足を踏み出す度に背骨が悲鳴を上げたけれど、そんなことは健太と会えなくなるかもしれない後悔に比べれば取るに足らなかった。