crocus
今日はこの町内を何周しただろう。今は自転車、更には夜だから幾分楽だ。
父ちゃんと二人暮らしにしてはデカすぎる健太の家に、もうすぐ到着というところで腕にポンッと弾ける冷たい感覚を感じた。
それが雨だと気づいた時には、あっという間に数メートル先は見えない程の豪雨になってしまった。
構わず漕ぎ続ければ、前輪が大きい石に乗り上げ、そのままコンクリートに倒れ込んだ。
ズバリ泣きっ面に蜂だ、なんて考えていれば、どういう経緯でそうなったのか、抜けた草葉が絡まっている残念なチェーンにため息を吐いた。
その拍子で、考えないようにしていた不安に捕まってしまって、内臓をぎゅっと捕まれた。
引っ越しっていつから決まってたんだよ、なんで言わねぇんだよ、どこ行くんだよ、もう会えねぇの?
…俺らってなに?
雨のせいじゃない何かで、視界がぼやけそうになって、必死で歯を食いしばって引っ込めた。
取り巻く不安から逃げるように、健太の家まで再び無心で漕ぎ始めた。
けれど着いたときには、既に表札は外されていた。その代わりに看板に書かれた『売家』の文字が物悲しく雨に打たれていた。
…いや、まだだ。
まだ、諦めねぇ。
ゴクリと唾を飲み込み、望みをそこに託してもう一度自転車に乗った。