crocus
降り止まない激しい雨のせいで、体力も体温も奪われている気がする。
それでもなんとか小学校に到着して、もみじロードを囲むフェンスをよじ登った。
カシャンカシャンと金網同士が当たる音は、雨が抑えてくれているように思える。
もみじロードで一番の高さ、太さを誇るもみじの木までもう少し。
そこにいる気がする。
いや、いる。
…いてくれよ。
お前俺に言うことあるだろ?俺はたくさんあるよ。
祈るような思いで一歩一歩踏み締めて、木々に挟まれた一本道を歩いた。
ようやく見えてきた、その木。暗闇に慣れない目をぐんと凝らして、木の根元に人影を探した。
と、その時。
瞬く間に一帯をまばゆい光が白く染めた。
空を見上げれば信じられない速さで一筋の雷光が矢のように降り、一番デカイもみじの木に突き刺さった。
やばい
脳が弾き出した言葉はそれだけだった。
そして、その言葉を十二分に上回る雷轟の風圧が地響きと共に、全身に衝突した。
眩しさと、大音響のせいで視界も聴覚も使い物にならず、自分が立っているのか座っているのか、はたまた浮いているような感覚に見舞われた。
頭の中は、1つの言葉が巡っているだけだ。
健太、健太、健太…
這いつくばりながら、もみじの木までいくと、あの雄大に枝を広げ、これから紅くなろうとしていた緑は左右に大きく反れていた。
ただ根元だけが繋がっただけで、真っ二つに割れているもみじの木。
そこに健太の姿はなかった。
なくてよかった、なくてよかった、なくてよかった
本当にそう思うのに、安心感から溢れた涙の中に、寂しさが混じっていくつもいくつも土の中へと染み込んだ。
ふと、木の幹を見てみれば見覚えのあるいつかの石がそこにあった。
健太の絆の石だ。
そうかよ…、置いていくっていうことは、もう友情ごっこはお仕舞いってことかよ。
拾い上げた健太の絆の石を投げ捨てようとした寸前、よく見れば『タクマタウン』っていうイタズラ書きがしてある。
「ふっ…意味わかんねぇよ…、もう何もわかんねぇよ」
真っ二つに別れたもみじの木が、俺たちのように思えた。
この時からだった。
雷を見ると耳が聴こえなくなったのは。