crocus
両親を亡くして、何か事情があって帰る場所がない若葉がどんな思いでここにいるのだろう。気丈に振舞い、店のこと、家のことを一生懸命に手伝う姿はここ数日でも見ていてこちらが励まされたことは何度もあった。
若葉のことだ。今のことで琢磨のためにここを去るなんてこともありえそうだ。そしたら誠吾に、恭平になんと責められるだろう。それにきっと自分が一番後悔する。琢磨にとって若葉はもうとっくに大切な仲間の1人だった。
長時間ウジウジしているのも嫌気がさしてきて、とにかくさっきのは何でもないと、怒鳴ってしまったことを謝りたかった。そう決心し部屋を出ればコツンと何かが扉に当たった。
それは、おにぎりと数種類のおかずが乗った皿だった。卵焼きを1つつまんで食べれば、あの日と同じ味。
若葉の第一印象は……一方的に嫌悪を抱いていた。どしゃぶりで機嫌が悪かった上に、恵介が嫌いな『女』がいた。
更には泊まっていけ、なんて言う誠吾。あいつのことをここまで無神経だとは思いもしなかった。変化を嫌う奴が言うからには、何か理由があるのだと思い、渋々了承したけれど。
翌日、食事当番で早起きすればリビングに広がるいい香りに驚いた。お礼だと言う律儀なその子の笑顔が可愛くて、昨晩の態度を反省した。
トントン拍子で住み込みの従業員になることになったけれど、単純に嬉しくて、期待した。漠然とだけれど、何かいい方向に向かってる気がしていた。