crocus
なんだかもう……メイド服は似合うし、抱きついた誠吾に本気でムカついたし、湯上がりは心臓に悪いし、昨日のステージでの挨拶はオレが……そう、守ってやんなきゃって思ったばっかりなのに。
何やってんだ、オレ。
自嘲気味に笑う琢磨は、もう1つ卵焼きを口に運んだ。男にあんな怒声を浴びせられたのに、そいつの胃袋の心配してくれるなんて……。
もうだめ。オレ、若葉のそういうとこすごくクる。
緊張しつつも若葉の部屋に入れば、5メートル先にある窓に目を奪われた。
ドクリと跳ねる心臓。相変わらず大雨を降らせる空は今にも白く光りそうだ。
若葉に謝ることしか頭になく、ヘッドフォンも耳栓も部屋に忘れてきてしまった。
いつ鳴るか分からない雷に怯える体は勝手に震えてしまい、皿にも振動が伝わっている。気づくな、気づくな、そう祈りながら謝った。
「若葉!さっきはごめん!あとこれ、サンキュな……」
なんとか声の震えは押さえられたものの、若葉の視線は手元を捉えているようで、なんでもないのだとギュッと空いている片方の手で握りしめた。
「あ、いや、これは 何でも──」
それ以上を口に出すことが出来なくなった。
また、まただ。
部屋中を光が包んだかと思えば、カーテンが全開の窓の向こうで雷が見えた。……そうして何も聴こえなくなってしまった。
恐怖に視界が霞み、力の入れ方を忘れた膝はガクリと落ちた。その瞬間、手に乗せていた皿が床に近づく。
スローモーションを見ているようだった。床に当たっても聞こえるはずの音は聴こえなかった。それがやけに悲しかった。
怖くて悲しくて苦しくて逃げたくて、もういっそ心も閉ざしてしまいたくなった。
でも……それを許すまいとばかりに体が段々と温かくなっていく。そして安心するリズムで背中を叩く『音』が、背骨を伝わり響いた。その正体にそれとなく気づきながらも、そっとそれを両手で離し確めた。