crocus
「あ、あの……本当にすみません!上矢さん、有り難い提案ですけれど……今からでも私は帰れますから」
「ドコニ?」
目が合っているはずなのに、どことも見ていない上矢さんの嘲笑う2つの眼が若葉の心臓をドクンと跳ねさせた。
この人はなんて目をするのだろうか。
身体からジワっと汗が滲み出て、若葉の体をじわじわと重くする感覚に息を忘れた。
「……なーんちゃって!お家の人にはきちんと連絡して、また明日の朝、明るくなったら帰ればいいよ。ね?恭平も、琢磨も、かなめんもいいでしょー?」
しばらくの沈黙の後、ずっと静観していた『かなめ』さんという男の人は何も答えずに店内の照明を落としに向かった。
『たくま』さんは罰が悪そうにしながら頭をガシガシと掻き「お疲れ!」と乱暴に吐き捨てて、2階へとバタバタと駆け上がっていった。
予想だにしなかった展開に立ち尽くすしかない若葉の背中をトンっと押した上矢さんは、先ほどの冷徹な眼は幻だったかと思わせる程、にこやかに微笑んだ。
「若葉ちゃん。恵介のことは気にしないで大丈夫!あぁ見えて結構世話焼きな優しい所もあるんだよ?」
そう言われても、あの様子にさせてしまった若葉には何とも言えなくて、ただ小さく頷いた。
「だぁー!!もうっ!」
椅子に座っていた『きょうへい』さんがいきなり叫んで顔を両手で覆った。
「ややこしいことになってごめんなぁー……わ、かばちゃん」
「ぷ。今『若葉ちゃん』って呼ぶの照れたー!かーわいいー、恭平」
「うううっせーよ!ばーか!ととと、……とにかくお前の部屋、行くぞ」
顔を真っ赤にして焦っている『きょうへい』さんを見て、若葉は少しだけ肩の力を抜くことが出来た。
明日、きちんと謝ろう。
若葉はそう決意して、先行く2人の背中を慌てて追いかけた。