crocus
ステージを見てみれば、演奏中にも関わらずギターの琢磨くんがギリギリと歯軋りしながらこちらを見ている。威嚇しているのか、ツンツンの黒髪が更に尖ったような気もする。
「あーら、やだやだ。お子ちゃまが一丁前に…むふっ」
「えっ!オ、オーナーさん!?」
楽しそうなオーナーさんに背中からぎゅうっと優しく抱きつかれた。オカマさんとは言えど、ううん…オカマさんだからなのか妖艶ないい香りに包まれて、身体が一気に熱くなる。
チラリと見れば琢磨くんだけじゃなく、誠吾くんも恭平さんもこちらを指差し、表情だけで怒りながら弾いたり、歌ったり。…なんという器用さ。
いい香りがする人に抱き締められるという、慣れない状況にひーひーとパニック気味になりながらも話題を探していれば、メニュー表が目に入った。
「オ、オーナーさん!」
「んー?なぁに?琢磨がギターへし折った?」
「ち、違います!あの…クロッカスのメニューっておもしろい名前のものばかりですよね。あれってどなたが考えているんですか?やっぱり橘さんですか?」
「あぁ…」と言いながら、オーナーさんはやっと若葉を解放した。けれど先程の抱擁の確かに在る移り香のせいで、すぐには顔の火照りは冷めそうもない。
「クロッカスの料理は作り手は恵介だけど、名前はあみだくじで当たった人が考えているのよ」
「へぇー!じゃあ、みなさんそれぞれ名付け親なんですね」
「そっ!今度は夏の新作メニューも増えるだろうから、若葉ちゃんが当たる可能性もあるわよ」
そう言われてドキリとした。素直に楽しみなような、責任感からプレッシャーがかかるのような。自分に注文したくなるような名前を考えられるだろうか…。
まだ当たってもいないのに不安が先走る。
そんな若葉の様子を見て、オーナーさんはクスッと笑った。