crocus
「緊張する?でも、みんな闇雲に考えてる訳じゃなくてね、ギリシャ神話に出てくる妖精や精霊の名前を借りて付けているの。シルフとか、ウィンディーネとか、かわいい名前もたくさんあるのよ」
「うわぁ……おもしろいですねぇ」
ギリシャ神話と聞いて、美術で習ったような裸体の銅像やたくさんの神様の絵画が浮かんだけれど、そういう親しみやすい触れ方も出来るのだと感心した。
更に言えば、このお店の奥深さにすごく興味が湧いてくる。いつか開く花屋さんにもテーマを決めてみても素敵かもしれないな、と心の中でメモをする。
「……そもそも『クロッカス』っていう花の名前は、ギリシャ語なのよ」
オーナーさんのすごく穏やかな笑みに、なんとなく憂いが含まれている気がした。初めて会ったときから、クロッカスの話に触れる時にはこんな表情をしていることに気づく。
オーナーさんには、オーナーさんなりの思い出が結び付いているのだろう。慈しむって、こんな表情なんだ、きっと……。
そう考えながら、オーナーさんの話の続きに再び集中する。
「そこから、店内をギリシャ風にしたり、ギリシャの郷土料理を取り入れたの。なにより、ギリシャは田舎、都会関係なくカフェが多くてね。人と人の会話の間にコーヒーがあるの」
「へぇ……ゆっくり会話する時間を大切にしているんですね。なんだか行ってみたくなりました!」
若葉がそう言えば、オーナーさんは嬉しそうに笑った。そして何かを思い出したかのように、少しだけ恥ずかしそうに言う。
「自分が自分らしくいられる場所。……そんなカフェにしたくてね。あいつらにとっても……」
いつもは意地悪を言ったり、立場をフル活用して主と下僕のような立ち振舞いをしているけれど、それはオーナーさんの一側面。
本当は誰よりも店員さん達を案じていて、自分らしくいられるこの居場所を守ってるんだ。
そんなことはオーナーさんの見守るような温かい瞳が見つめる先をみれば、一目瞭然だ。
「とは言っても……、そんなの私のエゴにすぎないんだけどね。あいつらにとっては、迷惑で余計なお世話だって思ってるかも……。あはは!なーんちゃって!」
誤魔化すようにツンと若葉の鼻をつついたオーナーさんは、隣で食器を洗い始めた。