crocus
すると突然、激しく呼吸する誰かの腕がオーナーさんと若葉の間を遮った。
「あ゙ぁー!喉渇いたなっ!っとぉーー!」
ライブ演奏は一旦休憩に入っていて、いつの間にか私たちの隣に立っていた恭平さん。
伸ばした手で洗い立てのコップを鷲掴み、カニ歩きでオーナーさんをぐいぐいと体で押しやった。
「あー、なんだかなー!カマカマヘビがうさぎに絡むとこ初めて見たなー!あれ?ガラガラだっけ?カマカマだっけぇぇ~……?」
恭平さんはオーナーさんの方を見たまま、水道水をコップにとぷとぷと入れている。よそ見しているせいで、手までびしょびしょだ。
若葉の位置から恭平さんの表情を伺うことは出来ないけれど、オーナーさんの怒りに震えながらも『爽やか』がペタリと張り付いた笑顔は、今日の夢に出てきそうだ。
「私、注文聞いてきますね……」
一歩、二歩と後ずさりした後、急いでカウンターを出た。
やっぱりケンカが出来るほど仲良しだなぁーと、羨ましく思う若葉だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
慌しい夜の営業も終わり、最後のお客さんを見送ると、扉に掛けてある『OPEN』の文字を『CLAUSE』になるように裏返した。
まだまだ春先。
夜はとても冷える。
それでも肺一杯に空気を吸うと心地よさを感じて、こんな夜は好きだった。
店内に戻ると、恭平さんだけがカウンターの内側に立っていて、他全員はカウンター席に腰かけていた。
こうやって遠巻きに見ると、みんなの様子があまりに自然だった。楽しそうに談笑していたり、皮肉や茶化しが飛び交っていたりして、仲のよさが見てとれる。
急に透明人間にでもなったように異空間に立たされた若葉。
疎外感、場違い、余所者。そんな言葉ばかりが駆け巡ってしまって止まらない。
店内に入ったはずなのに、寒かった。
こんな考えバカげていて、被害妄想だって分かっているけれど……単純に寂しさが募った。