crocus

その時、前方から声が届いた。

「若葉ちゃん、どしたー?こっちおいで?」

瞬時に景色が鮮明になり、暖かみを帯びていく。さっきまでの思いが恥ずかしくなるほど、優しい声だった。

そんな声の主は、恭平さん。

少し不思議そうな顔をしながら、確かに笑って椅子を指差してくれた。その椅子の隣に座る桐谷さんが、ガガガと片手で椅子を引いて座るように促してくれる。

「…ありがとうございます」

歩きだす一歩目の足が軽かった。

現金なものだ。さっきまで寂しいなんて思っていたのに。優しさに触れて、自分が本当に小さく思えた。

そんな思いを悟られることのないように、ゆっくりと腰かけた。

「はい、若葉ちゃん用に特別甘くてミルクたっぷりのカフェラテ淹れたぜぇ~」

「きゃあ!かわいい!うさぎさんですね?」

こんなに上手なカフェラテアートは初めて見た。目もヒゲも繊細に描かれていて、飲むのがもったいないと思うほど。

チラリと見上げれば、「ん?」と感想を待っている恭平さんと目が合った。

仕方ない!と思い立ち、心の中で「ごめんね」とうさぎさんに謝りながら、コクンと一口喉に通した。

好みの甘さで、苦みはミルクがまろやかにしてくれていた。今度は別の意味で、飲むのがもったいないと思えた。いつまでも、ゆったりと座って飲んでいたかった。

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