crocus
クーラーボックスを先にコンクリートの床に置き、手探りで慌ててドアノブを探す。
徐々に暗闇に目が慣れてきた。
そしてヒヤッとした金属製のものに手が触れ、見つけたと安心した時だった。
背後で明らかにガラス製の物が割れた音がした。
それは脳にも響くほど鼓膜が震え、直後に幾つもの個体が四方八方に散らばる音も拾った。
涼やかな暗闇に大きく木霊したのは紛れも無く、キャニスターが割れた音。コーヒー豆が飛び散った音。
「恭平さん!?」
若葉は扉を開けることなく、音が聞こえた方向に駆けつけた。
扉を開ける時間すら、もったいなく思えたのだ。
聞こえたのはキャニスターが"1つ"割れた音だ。
さっき恭平さんがキャニスターを掲げて手を振った逆の手に、もう1つキャニスターを持っていたことを、暗くなる前に確かに見ていた。
若葉は信じられなかった。
あんなにも熱弁するほどコーヒーに愛情を持っている恭平さんがコーヒー豆を落とすはずがない。
ただ単にうっかり落としたことも考えられる。
だけどそうではないことを、恭平さんの声が一切聞こえないことが証明していた。
「恭平さん?…恭平さん?」
もう1つのキャニスターが割れてしまう前に、若葉は両手を伸ばし無我夢中で恭平さんを探していれば、足元でジャリジャリと音がした。