crocus
「はぁー…はぁー…」
目の前には、ぼんやりとした黒い人影が浮かんでいる。
表情は全く分からない。
聞こえるのは、苦しそうな荒い息遣いだけ。
恭平さんなのだけど、別人のように荒々しい殺気を漂わせている。
「恭平さん、大丈夫ですか?どうかしたんですか?」
若葉の問いかけに、恭平さんの口から吐き出されたのは唸るような声だった。
突然、ドーンっとけたたましい衝撃音が轟いて、若葉は体を強張らせて目を瞑った。
冷蔵庫を蹴り飛ばしたのか、殴りつけたのか。こんな凄まじい躊躇ない音を出し続ければ、きっとケガをしてしまう。
ゆっくりと目を開けば、相変わらずの暗闇の中にのそりと動く影。それがやけにスローモーションに見える。それが意味する理由を脳が弾き出す前に、反射的に体が動いた。
「だめっ!!!」
何も見えない状態で左肩に鋭い痺れが走る。
その肩に一瞬だけ触れた冷たい温度の固体の正体を突き止め、闇雲にそれに向かって手を伸ばした。
運良く手の内にキャニスターを収めるも奪い取ろうとする恭平さんの力は強靭なもの。それでも負けじと気力を奮い立たせ、体を回し込んで引き離した。
「離してください!恭平さん!」
キャニスターにかかっていた力がスポッと無くなった反動で、若葉はその場にへたり込んだ。瞬時に体を丸めてキャニスターを包み込む。
「これはダメ…恭平さん…、大事な誇り…傷つけちゃダメです!」
なんとかして守らなければと、頭をフル回転させればさせるほど焦りに変わる。冷や汗を全身に感じて、息をも出来ない。
その時、キィーっと聞いたことのある救いの音が耳に届いた。
「恭平!なぁにしてんだ、おめぇ!」