crocus
桐谷さんは顔を上げると、息を大きく吐きながら柔らかく瞳を閉じた。その様子は穏やかな物腰で寄っていた眉間の皺もなくなっていた。
「恵介、誠吾にも一人いない忙しさの余波がくるかもしれん。よろしく頼んだ」
「要くんの頼み事してる姿を見れただけで、僕は満足だよ」
恵介さんがニッコリと陰のある笑顔を見せながら、本当に愉しそうに言った。要さんは心底苛立っているような顔をするも、何も言い返さなかった。
「恵介ー。いじめちゃだめだよー?要くんは売り上げ第一主義なんだからぁ……」
……お客様第一主義の間違いじゃないのかな?
首を傾げる若葉を他所に、誠吾くんは腰をくぅーっと横に傾けて続けた。
「大好きなオーナーに褒められたいんだもんねぇー?」
……なるほど。確かに自己紹介の時もオーナーさんを尊敬していると言っていた。むしろオーナー第一主義と言うべきなのだろうか。
「……ふん。無駄口叩いてないで早く準備を再開しろ。もう30分前だぞ」
桐谷さんが指差す時計を見れば、全員がサァーっと青ざめた。そして誰が動くが早いか各自の役割に没頭した。
目が回るほどの忙しさとお客さんの残念そうな表情の間に挟まれながらも、若葉は恭平さんのことを心配していた。
こんな時こそ恭平さんのために何かしたくても、拒絶されることもやっぱり恐かった。