crocus

そして当然のように、瞼が重厚なシャッターのようになってガラガラと下りてきた。頭では着替えねぇと、銭湯に行かねぇと浮かんではいるけれど、体は無視を決め込んでいた。

その時、外から喧騒の声が聞こえた気がした。

気のせいかもしれない。それでも、もしすごい騒ぎになる前触れだったら……?

嫌な予感が過り、覗いて確かめようと夢現の中、体を少し起こしてベッドの脇にある窓から見下ろしてみた。

薄暗さがあたりを包む中、向こう側の歩道にある電灯の下に人影が見えた。

クロッカスの真正面に位置している理容室の強面で知れたリーゼントの親父さんとグレーのスーツを着た男が2人。

よくよく見てみようと目を細めれば、脳が徐々に覚醒してきたのか、表情までよく見えるようになってきた。

理容室の親父さんが眉間に皺を寄せているところを見れば、景気のいい話ではなさそうだ。相手の2人組のスーツ男は、そんなことは気にもしていないように余裕の微笑みを浮かべて何かを言っていた。

「……なんだあれ?新喜劇の地上げ屋じゃあるまいし……、っ!!」

いやいやいやいや!立ち退きの話出てるんだし、ありえなくもねぇのか。まさか本当に……本物の?

そう思い込めば、無性に腹が立ってきた。

冗談じゃねぇ!理容師の親父さんは、ここで20数年頑張ってきてんだよ。ジョージに憧れて、2回り年下の嫁さんもらったばっかだぞ!もうすぐ子供も生まれるっつって、喜んでた矢先に……こんなこと!


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