crocus
「いや……それは全然構わねぇんだけど、これ淹れてくれたの?」
恭平が2つのエスプレッソを指差し優しく尋ねると、若葉ちゃんはさらに身を縮こませて、ぼわっと耳まで赤くなった。その様子が可愛らしくて噴出すのを堪えるのが大変だった。
「えっ、いや、あのー、その……そう、そうなんですけど……。ホントに恭平さんに淹れるなんておこがましいというか、身の程知らずで、すよね。……一応、今日一日、長谷川さんに教えてもらったんですけど……」
「えっ、じっちゃんに!?」
両手の平だけ世話しなく動かして一生懸命話していた若葉ちゃんは、恭平の言葉にピタっと手を止めて目を見開いた。
「……は、はい。その……あっ、冷めないうちにどうぞ?」
話を中断した若葉ちゃんは手のひらをエスプレッソに向けてそう言うので、ベッドの縁に腰かけた。
突然、窓を叩く聞きなれた音がして振り返ると、大雨が窓をノックしていた。
「うわっ」
慌てて開け放したままだった窓を完全に閉めると、雨はぼやけた音に変わった。
気を取り直して、トレーの上に乗っていた袋入りの砂糖に手を伸ばした。
エスプレッソの上に砂糖を入れれば、砂糖は沈むことなく、泡で出来たクレマの上に着地した。
「すごいな……。今日1日ホントに頑張ったんだな。この湿気に気づいて?」
「はい。あっ、もちろん長谷川さんが、ですよ?」
いつもの極細挽きでは、湿気を吸収しやすい。だから豆の挽き方を粗挽きにしたことは、この砂糖が乗るクレマが証明してる。さすが、じっちゃんだ。
首を傾けながら笑う若葉ちゃんに小さく笑い返したあと、エスプレッソを一口啜った。
その一口は、ひどく懐かしい味がした。
ゆっくりと目を閉じれば、あの時の記憶が鮮明に蘇っていく。
初めて飲んだエスプレッソの味。もう一度、目指す光が見えた場所。
「珈琲の木のじっちゃんの味がする。うん……うまいよ」
「本当ですか!はぁ~よかったぁ……」
心底安心したようで胸を押さえながら、ペタリと座り込んだ若葉ちゃん。