crocus
ぼーっと若葉ちゃんを見ていると、突然SF映画のライトセイバーを振ったような低く鈍い音と共に視界が真っ暗になった。
停電だ。
「…っはぁ」
突然のことにバウンバウンと怖くなるほど、鼓動が打ち震えている。
また責め立ててくる。
哲平からも、暗闇からも、…若葉ちゃんにケガを負わせた自分自身の飼いならせないモノから怯えて逃げ続けている俺を。
やめてください。
やめてください。
心の中の荒ぶりそうな恐怖心に必死に縋るように語りかけた。全身の毛穴から嫌な汗が浮き出てきて、ズンと体が重くなる。
その時、強く握り締めていた両手の拳が、温かいものにギューっと包んまれた。すべすべした柔らかいそれは、若葉ちゃんの手のひらだった。
「大丈夫ですよ。恭平さん。私が傍にいますからね」
隣にいた若葉ちゃんは、いつの間にか正面に移動していたのだと声で分かった。
暗闇の中にいて自分以外の声を聞いたのは初めてだった。
暗い場所で聞くその声は、普段よりも随分と鮮明で、より至近距離から聞こえた。
暗示でもかけられたように、動揺していた鼓動はトク、トクと時計の針のように規則正しく波打っていく。
風など吹いていないのに、鼻腔をくすぐるのは若葉ちゃんのシャンプーの香り。
そして若葉ちゃんの手のひらの体温がじんわりと優しくて、触れている皮膚同士の境目がなくなって1つに溶けて繋がったように思えてくる。
聞こえるのは、弱まってきた気がする雨の音と、2人分の呼吸と、自分の心音。…内から悪戯に語りかける声は全く聞こえない。
視覚が奪われている分、他の感覚神経が敏感になっているようだった。でも、そのことは不思議と不安要素に感じなかった。
むしろ、ゆったりと心が開かれていくような解放的な気分で、安心出来る空間だと教えてくれているように思えた。