crocus
実はこの姿を見るのは初めてではなくて、誠吾くんを残して仕事に戻ろうとする度に拗ねて引き止められた。
こうなると分かっていても、「仕事に戻ります」と言うのは、若葉なりの仕事のやる気があることへのアピールと、やっぱり……必要とされているのは有難くて、何度言われても嬉しいからだ。
更に言えば、時には誠吾くんが1人になりたい時もあるかもしれないので、誠吾くんへの確認の意味もあった。少しずるくて、まどろっこしいけれど、このやりとりすら楽しみだった。
どうやら今日は、一緒に食べてもいいらしくて、若葉は急いで自分の分の親子丼も用意して、誠吾くんの正面の椅子に座った。
「いただきます」
全員で座って食べることが出来るのは、ほとんど毎朝の朝食と定休日だけだった。
営業終了後、銭湯に行った後は、自由時間として外へ飲みに行く人達もいる。なので橘さんが作ってくれたまかないの夕飯を食べる時には、リビングのテーブルにいくつか空席があることが度々あった。
でも、こうして食事を1人で過ごすことがほとんどないのは、誠吾くんのおかげだ。
しばらくして誠吾くんはお昼ごはんをぺろりと平らげると、胸ポケットからメモ帳と鉛筆を取り出した。
鼻唄を歌いながら、さらさらさらーと何かを書き上げている。その夢中っぷりは、さながら幼稚園児がお絵描きしてるようにも見えた。
「それは……何を描いてるんですか?」
我慢できずにそっと訊ねてみると、誠吾くんは顔を上げずに、鉛筆を走らせたまま答えてくれた。
「んー?これはねぇ……若葉ちゃんだよー」
「わたし?……ですか?」
「うん、そう。こーして、こうしてぇー……これを乗せれば……ハイ!完成!」
じゃーん!と誠吾くんは自分で効果音をつけながら、若葉の目の前にメモ帳を開いて見せた。
そこに描かれていたのは、ケーキだった。