crocus
単純に1つ気になったことを誠吾くんに訪ねてみた。
「美味しそうなケーキがたくさんありますけど、ショートケーキはないんですね?」
スッと体を静止させた誠吾くんは上手に微笑んだ。
張り付いているようなその笑顔は、悲しみを隠しているようにも見えた。
「うん、ショートケーキは作れないんだ。……昔、手作りのそれで大事な人を傷つけちゃったことがあって……。それからはもう……作ってないんだ」
なんて寂しい笑顔をするのだろう。それを見ていたら、喉も、胸も鷲掴みされたように切なく鳴いてジュッと熱くなった。
「……誠吾くん、ごめんなさい!わたし、考えもなしに……」
バッとメモ帳を突き出して、誠吾くんに返しながら謝った。すると、誠吾くんは何事も無に返すようなとびっきりの笑顔をしてみせた。
「いひひー!許してあげないよー」
「えっ!あぁ……」
誠吾くんの笑顔を見て、てっきり許してくれるのだと勘違いしてしまったばかりに次の言葉に詰まった。
どうしようと悩んでいると、誠吾くんは横にゆーらゆらと振り子のように揺れながら言った。
「ありゃ、そっか……。若葉ちゃんはそこで落ち込んじゃうのかー。かーわいー!」
「え、誠吾くん?」
「やっぱりボクね、若葉ちゃんには敬語はやめてほしいんだよねー」
唐突に話を切り出した誠吾くんは、うんうんと頷きながら、1人で納得している。そして真面目な表情で「だから……」と続けた。
「敬語禁止!」
「え、あ、でも……年上の方に……」
「じゃあ、許しませーん!」
パンパンに頬を膨らまし、腕組みをしてプイッと横を向いてしまった誠吾くん。まるで……いや、まさに駄々っ子だ。
若葉はゴクリと唾を飲むと、息をゆっくり吸い、意を決して23歳児を宥めるように声をかけた。
「誠吾くん、ごめんね?」
「……へへへっ!やったー!」
立ち上がり、大声で喜びの万歳三唱どころか四唱、五唱と繰り返した誠吾くんは、青筋立てた桐谷さんの登場によって店内へ連行されていった。