crocus
誠吾くんは高い所から見渡せる景色が気に入ったようで、「ちょっとだけ!」と言って木の枝に腰を下ろしてしまった。座る場所からは枝が軋んでいて、キシキシと肝が冷える音が聞こえる。
すると耳の穴までゴワワと吹き荒ぶ、春一番のような突風が激しく木をくすぐって、たくさんの緑の葉を降らせた。当然、若葉の髪も乱れに乱れ、目も開けられなかった。
風が落ち着き、若葉が再び誠吾くんを見上げると、未だに木の頂点付近は強風の影響が続いていて右往左往と大きな弧を描いている。
「わっ、わっ!わっあわわわわ!」
その揺れはついに、慌てる誠吾くんの体のバランスをも崩した。成す術もなく、拍子の抜けた表情の誠吾くんが後ろに倒れていく。
「……っ!!」
若葉が息を飲むと、瞬きをしてるわけでもないのに、パパパパパっとパラパラマンガのように、誠吾くんの上半身が次々に消えていく。
もう次の瞬間には、若葉は両手を広げて無我夢中で走り出していた。手でもいい、頭でも、背中でもいい、どこかが触れることで、地面にぶつかる衝撃を和らげたかったからだ。
首をなるべく縮めて、目を瞑り、その時を待った。雛鳥の親だって、きっとこうしたかっただろう……。
「あ、れ……?」
もう随分と時間が過ぎた気がするのに、どこにも触れた気がしない。まさか目測を誤っただろうか。いやいや、でもそんな音はしなかった。
片目ずつゆっくり目を開いて、地面を見渡したけれど、とりあえず誠吾くんはどこにもいなかった。
ふいに上を見上げれば、そこには両足を器用に枝に掛けて、上半身も、腕も、ふわふわの髪の毛も宙ぶらりんにしている誠吾くんが笑って叫ぶ。
「あはははっ!びっくりしたねー?」
膝から力が抜けて、地面が湿った土だとか気にもせずに、へたりと座り込んだ若葉。
可笑しいんだか、ホッとしたんだか、何がなんだか分からなくなって、短い息を細かく吐くような笑いが漏れた。
「……はははははっ……ふぅっ……くっ……」
更には、次から次へと溢れ出る涙をどうしても止められなくなってしまう。