crocus
「……行く宛てはあるのか?」
今日初めて聞いた、声の持ち主は『かなめ』……そう呼ばれていた男性だ。
『かなめ』さんの鋭い眼光は昨日と同じようで全く違う。心配する色を含んだ瞳に向かって、若葉は努めて快活に返答してみせた。
「実はありません……!……でも大丈夫です!」
「君の言う、大丈夫ほど信頼出来ないものはないな……」
案の定、目を伏せ、ため息混じりに呆れられてしまった。
そうですよねー、と言わんばかりに笑って誤魔化していると、『かなめ』さんが続けて話した。
「不動産業をしている知人がいる。『大丈夫』じゃなくなる前に、またここを訪ねるといい」
その言葉に若葉だけでなく、他の店員さんの口も、目も全開で開いていた。
喉にぐっと堪らなく優しく熱いものが込み上げてきて、視界が揺らいでいく。
「ありがとうございます。へへへへ……。これ以上いると泣いちゃいそうなので……。改めて、ありがとうございました。失礼します!」
深く真っ直ぐ一礼して若葉はリビングの扉を閉めた。
廊下を歩き出した若葉の耳に『けいすけ』さんの思わぬ声が届いてきて、もう若葉はもう涙の堪え方が分からなくなってしまい、こっそり温かい涙を拭った。
"ごちそうさま"