crocus
好きな花
冷たい金のドアノブに触れ、いい人達に出会えた体験と今後の不安の両方を抱えながら、勢いよく扉を開いた。
すると始めの一歩から、夜の内に木々が呼吸した残り香が含まれた気持ちのいい空気に包まれた。
頭上では店を訪れたときに聞いた、ドアベルの鈴の音が聴こえる。昨日よりも優しく響いた気がしたのは、心境が違うからだろうか。
励まされるようなその音をまた聞きに訪れた時、自分はどんな風になっているんだろうと未来を想った。
快晴の空の下、歩きだそうとした…が、若葉はふと立ち止まった。
昨日は深夜、さらにどしゃ降りで気づかなかったが、若葉が立つ左側に畳、一畳分ほどの花壇があったのだ。
赤レンガで囲われた枠の中で、涼しい風に吹かれてるピンクの花。この花は確か、アイビーゼラニウム。
若葉は花を見ると、いつも自分の両親の仲睦まじい姿が脳裏に浮かぶ。だから少しの間ゼラニウムの向こうに2人を思い描いた。
しばらくしてハッと意識を戻した。よくよく見れば、少し茎がうな垂れていて元気がない。
何とかしたいと悩んだ若葉は、自分の所持品を思い出した。
肩にかけていた大きなバックをトスンと地面に降ろし、ジッパーをスライドさせ目的のものを探し出した。
手に取ったのは、ガラス製のスプレー。中でゆらゆらと透明の液体がゆれている。それは、いつも持ち歩いている植物の活性剤だった。
若葉は花壇の前にしゃがみこんで、慣れた手つきで丁寧に一本一本にシュッシュッと液を散布すると、小さな小さな粒子達が旅立っていく。