crocus
「今日ね…若葉ちゃんがボクを心配して泣いているのを見て、ボクの存在を必要としてくれてるんだって心から思えて…奇跡みたいに嬉しかったなぁ」
「だって…本当に落ちるって思って…。大ケガしたら、お客さんだって悲しむんだからね…?」
ベッドの脇のフローリングにペタンと座る若葉ちゃんが、ちょっと赤くなりながら怒った。
「うん、ごめんね。ボクは、クロッカスのパティシエだったね」
罪の意識から逃れたくて、翔と祥にボクの力が知られていなければ…と噂を広めた誰かを恨んで責任転化したこともあった。
けど、若葉ちゃんに両親のことを伝えたら、僕を恐れずに、信じてくれた。そして、『会えてよかった』とまで言ってくれたとき思った。
あの日からずっと、パティシエになりたい、その夢だけを活力に、歩道の縁石を歩いている気分だった。夢を諦めた瞬間に、縁石から落ちて、ボクは人間じゃなくなる気がしていた。
でもそこから降りる勇気が湧いたのは、若葉ちゃんが泣いたから。
こんなボクのために綺麗な涙を流さないでほしい。だから、ボクはボクを大切にしなくちゃいけないんだって思った。
ボクの存在を肯定してくれた若葉ちゃんのおかげで、ボクはやっとただのパティシエになれた。