crocus
「そこで何してるの?」
突然、背後から声をかけられた。ビクっと跳ねた体を強張らせながらゆっくり振り返ると、すごく綺麗な女性が怪訝そうな目で若葉を見下ろしている。
声を聞いた瞬間は男の人の声だと思ったばかりに、拍子抜けしてしまった若葉は我に返り慌てて弁解した。
「あの…すみません!えと、ここのお店のお花が元気がなかったので……これ、活性剤をあげていました」
お姉さんの前でスプレーをゆらゆらと振って見せ、怪しいモノではないことを説明した。
「あなた、お花に詳しいの?」
今一つ腑に落ちない様子で、さらに質問される。
「あ、えと……昔、両親が花屋を営んでいて。その時に覚えた少しの知識くらい……です」
不審者と思われてしまったのだろうか。緊迫した空気がにわかに流れた。
すると警戒心を解いてくれたのか女性は微笑む。
「そう……。あなたが一番好きな花は?」
一番好きな花。
その質問に自分の表情が緩んだのが分かる。
ゆらりと空を仰ぎながら懐かしむように答えた。
「クロッカスです。花言葉は"私を信じて"。メジャーではないんですけどね!……って……あのー……?」
空を見ていた若葉が女性に視線を戻すと、若葉の顔を驚いた表情で凝視している。
穴があくほど、美人の女性に見つめられて、同性と言えど恥ずかしさから顔が熱くなっていく。
「……あ、そうなの……ね。……私も知ってるわ」
「わ!ホントですか?私にとってクロッカスは大事な思い出の花なんです」
一瞬、ほんの一瞬。女性が寂しそうな、なんとも言えないほど切なく表情が歪んだ気がした。
好きな花の話が嬉しくて自然と表情が穏やかになっていた若葉は、初対面で砕けすぎたかなと反省した。
もしかしたら、この女性にとっては、クロッカスはいい思い出の花ではないのかもしれない。