crocus
電話をしている誠吾くんの声に耳を傾けるのも失礼かなと思い受け流そうとしていたけれど、
「あっ!そういえば新しい従業員が入ったんだよー」
という言葉に、自分のことだと思うと誠吾くんと目が合った。ニッっと目配せした誠吾くんは、また電話の向こうの相手と話を続けた。
桐谷さんを見れば、ふぅっと一息大きく吐いた。
「もう知らん。俺は寝る。雪村さんも誠吾なんて相手にせず早く休むといい」
呆れたように退出していこうとすると、誠吾くんが電話口を手のひらで抑えながら、慌てて引き止めた。
「待って、かなめん!上原さんが、おいでーって言ってるから、明日の朝、若葉ちゃんと行ってきていい?」
「えっ!」
いきなり名前を出されてビックリした。訳も分からず戸惑っていると、桐谷さんは冷静に返事をした。
「そうか……、もうそんな時期か。分かった。だが、明日も営業だ。昼までに戻ってこい」
「はーい!」
手を上げて返事をすると誠吾くんは、また電話の向こうの人へ話しかけた。桐谷さんはゆっくりと扉を閉めようとしていたので、早口で挨拶をした。
「桐谷さん、おやすみなさい!」
「あぁ……、明日は誠吾を頼む」
「……あっ、は、はい!」
やっと出た言葉は扉にぶつかった。すぐに返事が出来なかったのは、桐谷さんが穏やかに微笑む顔を初めて見せてくれたから。少しは頼りにされているのかもしれない、そう思うと頬が少し緩んだ。