crocus
若葉がそう言いきると、グロスが艶やかな女性の唇が、にたりと上がるのを若葉は見逃さなかった。戦慄と共に嫌な予感が走る。
「んふふふ……そう、ありがとう。そういうことでお願いするわね?あら、どうしたの?すごい汗ね?」
「あ、あの……やっ──」
「はい、じゃあ、ついてきて?」
「まっ……」
「ね?」
「…………はい」
ただ一文字なのに、ねっとりとヘビに全身絡まれたような感覚に陥り、大人しく付いていくしか選択肢はなかった。
肩を落としながら若葉は女性が歩み出すのを待った。
「じゃ、こっちよ」
若葉はしばし目的を忘れるほど呆気に取られ動けなかった。
それは女性が歩き出したと思えば、つい先ほど若葉が出てきたカフェに慣れた様で入店したからだ。
ボランティア先は、てっきり広い庭園か、花が溢れる個人宅を想像していた若葉は、カフェと花に関する方程式が浮かばず疑問符を浮かべるばかりだった。
「どうしたの?ささ、入って?」
不思議そうに見下ろしているその女性の正体も分からないが、とにかく行くしかないと再びカフェに足を踏み入れた。
まさか3度目の鈴の音をこんなに早くに聞くことになるとは思いもしなかった。