crocus
「橘さん?」
まるで何の穢れもないような世間知らずの2個の瞳が見上げてきた。
心配でもしてるというのだろうか。そうやって、いい子ぶって僕のパーソナルスペースに踏み込もうっていう魂胆が見え見えだ。
むしろその偽善を利用して、この子の恐怖に歪む顔を見るのも楽しそうだ。
でも自業自得だ。笑顔で近づいて油断させてから、ズタズタにするなんてこと日常茶飯事なんだよ。
「ねぇ、こんな時間に男の部屋をノックするって意味分かってるのかな?教えてあげようか?」
二度と近づこうなんて思わないくらい、恐がればいい。
恵介は彼女の手首を強く引き、室内へと招いた。そのまま彼女の足に、自分の足を掛けて押し倒した。いとも簡単に舞った彼女の体は、思いっきり床に叩きつけられた。
素早く彼女の体に跨がって、抵抗を見せる手足を押さえつけた。
「きゃっ!…たっ、ちばなさん!なにすっ…ひやぁっ!」
彼女の首元に顔を埋めると、銭湯に行ったばかりだからか、花のような石鹸の香りがした。それが手伝って、いよいよ変な気持ちが沸き起こり始めた。
けど、下敷きにされている彼女は怯えるどころか、心配そうな目で真っ直ぐに恵介を見ていた。
不思議に思い、思考と身体が一時停止していたところに、彼女の手がするすると伸びてきた。
触れたのは、恵介の頬だ。その温かさに驚いて、慌てて彼女の手を振り払った。確かに触れられたのは、頬だったはずなのに、なぜか胸の中の敏感な柔らかい部分に触れられた気がして、羞恥心が体を熱くした。
「…恵介ー!ゲームしようぜ…って、お前何やってんだよ!!」
慌てている純情な声の持ち主に向かって、努めて平静を装って返事をした。
「はぁ…バレちゃった、残念。返すよ、琢磨のお姫様」
立ち上がるついでに、彼女の腕をグンッと引き上げた恵介は、琢磨の方へ、彼女の背中を押した。
「大丈夫か!?若葉」
「え、あっ、うん!私が躓いた拍子に、橘さんまで巻き込んじゃったの。すみません…橘さん。お疲れ様でした。おやすみなさい」
「…、そういうことにしとく。おやすみ、恵介」