crocus
翌朝、恵介は朝食を食べるためにリビングへと向かうと、すでに全員が揃っていた。新聞を難しい顔で読んでいる者、朝のテレビの占いに釘付けの者、まだ夢現の者など毎日の見慣れた光景があった。
ただ1人スリッパの音を軽快に鳴らして、キッチンとテーブルを行き来しているのは雪村だ。
「おはよ」
彼女を目で追いつつ、なんの感情も込めずに呟けば恭平達からそれぞれ返事が返ってくる。
そんな中、彼女は恵介の挨拶に足をピタリと止めた。そうして昨夜は何もなかったかのように、小首を傾げて明るい返事が返ってきた。
「おはようございます。橘さん」
いつもは彼女のことなど見ずに、椅子に座る恵介だが、なにせ昨日の今日だ。何となく観察してしまった。
でも少しでも気にしてしまったことが、というか気にしていたのは自分だけのようで馬鹿らしくなった。
若干苛立ちつつ、暗黙の了解で決まっている自分の椅子に腰掛けた。すると、うっとおしい視線を感じる。
あぁ、1人ものすごく気にしている奴がいるんだった。
恵介は湧き起こるS心が楽しさに繋がって、口角を吊り上げて短くフッと息を漏らした。
怪訝そうに歪む琢磨の表情を横目に捕らえながら、ベーっと舌を出して挑発すれば、想像通りに顔を真っ赤にして両手に持つ箸を震わせた。
「琢磨くん?」
琢磨の横から腕を伸ばしてみそ汁を置いた彼女は、不思議そうに話かけた。不意を突かれた琢磨は左に右にと目を泳がせ、小刻みに首を振りながら、なんでもないのだと、ぎこちなく笑って見せていた。
挙動不審の琢磨に向かって、「そう?」と微笑む彼女の横顔を見た恵介は、ロウソクの火が消えたように琢磨で遊ぶ気持ちが一瞬で萎えた。女である、それだけで誰に対してもドスンと重たいシャッターが降りるのだ。
でも、悔しいことに彼女の作るご飯は、そこそこ食べれるものだった。