crocus


こちらを見る女性は口を両手で覆い、瞳をじわじわと潤ませていく。

「けい……?恵介よ、ね?私のこと分かるかしら……母さんよ?」

再会した女性は歓喜しているようだ。疎ましく、迷惑そうな態度を取る可能性も考えていたが、女性は感動の再会の台詞を吐いた。

そして分かっていながらも、恵介もそれに対してのありがちな台詞を、小馬鹿にしたように冷ややかに並べた。

「どんな神経してるんですか?よく自分のことを『母さん』だなんて言えますね。十数年前に、旦那と子供を置いて出て行った人が。僕に母親はいません」

悲哀の表情をして見せた女性。
言うべき言葉も出ないほど呆れ果てた恵介は、落としてしまった皿を片付けるためにスッと屈んだ。

「──っ!……ふっ」

皿で切ってしまった指先を見れば、血が一筋ツーっと流れていく。それよりも勝手に小刻みに震える両手に対して思わず笑いが漏れた。思いの他、自分は動揺しているようだ。

「裏に捨ててくるよ」

そんな姿を見せたくなくて、恵介は俯いたまま誰宛にでもなく不特定に呟き、裏の勝手口へと向かった。

「けい!」

あの人の搾り出した切ない声は、勝手口の扉を乱暴に閉める音で潰すと同時に、自分の心も閉ざした。


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