crocus
フゥっとため息を吐く橘さんのお母さんに向かって、若葉は慌てて腰を深く折って礼を言った。
「あのっ、助けていただいてありがとうございました!えっと…橘さんの…お母さん…」
何と呼んでいいのか戸惑って、語尾はだんだん小さくなってしまった。そんな若葉を見て、橘さんのお母さんは指先を口元に当てて美しく微笑んだ。
「ふふっ、いいのよ?こちらこそ昨日はごめんなさいね?私のことは…未久さんって呼んでくれると嬉しいな」
「はい、じゃあ…未久さんで…。あっ、私は雪村若葉と言います」
「じゃあ…若葉ちゃんだ!」
和らいだ笑顔で名前を呼んでくれた未久さん。嬉しさと照れが入り交じって若葉は一度クロッカスの店内を窓から覗いた。
すると一気に冷静になり、状況を判断した。橘さんに未久さんの所在を気づかれてもいいのだろうか。
ぎこちなく首を戻して、未久さんを見上げれば、若葉の考えていることが分かったのか眉をハの字にしつつ笑っていた。
「今から別の取材現場に行かなくちゃいけないんだけど…もしよかったら、今晩時間作れるかしら?」
「今日は定休日なので時間はいくらでも…。でも、私でいいんですか?」
未久さんはいろんな色を含んだ瞳で真っ直ぐに若葉の目を見つめてから大きく頷いた。
「けいの近くにいてくれる女の子にお願いしたいことがあってね?こんなどうしようもない母親が何言ってんだって感じなんだけどね」
あはは、と空笑いをする未久さんは耳の上を中指で掻きながら、自分を卑下した。