crocus
「私も自分の誕生日が近づいてからびっくりするの。時間の流れの速さに。あー、もう……けいも何歳だなぁって。私と、けいは同じ誕生日でね?だからけいが生まれた日は人生最大の誕生日プレゼントになったよ」
それから未久さんは静かに、橘さんとの別れに至るまでの話を聞かせてくれた。
未久さんが21歳、旦那さんが25歳の時に生まれた橘さんは、体が弱かったらしく幼い頃はよく入院をしていたらしい。
そんな中でも未久さんも、旦那さんも愛情をたくさん注いで、小学生に上がる頃には周りの子と変わらないくらい元気になった。
その頃、未久さんは28歳。育児に励む一方で、昔から夢だったジャーナリストになりたいという火が胸の中に燻っていることにも気づいていた。
周りに悟られないようにする反面、どんどん押さえが効かなくなっていたという未久さん。
それを消化するために、編集長を務める友人の雑誌の仕事を手伝っていたことが両立反対の旦那さんにバレて、考え方の違いから夫婦仲に亀裂が入ってしまったそう。
家事に追われる日々で、気が一番紛れて、親子であることの喜びを感じたのが、橘さんと料理を作る時間だったそうだ。
その頃から橘さんの料理の腕前は親戚中でも評判だったという。
家庭と夢との葛藤で戦っていた未久さんが30歳の誕生日。つまり、橘さんも9歳の誕生日を迎えた日。
未久さんと橘さんの2人は約束を交わした。
"大人になったら僕はシェフになって、ジャーナリストになったお母さんに料理を作ってあげる"
橘さんが未久さんの夢をさらに大きく、そして温かくしてくれた時の嬉しさを未久さんはキラッキラに瞳を輝かせて教えてくれた。