crocus
「これって…」
「実はもう1つ、けいと私が誕生日に約束してたことがあってね?"けいの夢が叶ったら、フレンチナイフをプレゼントする"っていうもので…、だいぶ遅くなっちゃったけど、それを若葉ちゃんから渡してもらえないかな?」
「そんなっ!…そんな大役…私には…。やっぱりこれは未久さんが直接渡すべきです!」
ピンと腕を伸ばし、箱を未久さんに返した。でも未久さんは受け取ってくれない。
「…実は、ぜひ私にって紛争地域の取材の仕事がまた入ったの。もしかしたら…本当の本当に会えなくなる可能性は否定できない。今の状態で…けいに会ったら、きっと私、躊躇いが生まれると思う。そんな姿、見せたくないの。…母親の意地、かな」
未久さんは改まって、背筋を伸ばし、テーブルぎりぎりまで額を下ろした。
「お願い、若葉ちゃん。しょうもない意地に付き合ってください。…ケガをしたけいに向かって、救急箱を抱えて走ってくれた若葉ちゃんが、私には天使に見えたの」
頭を下げる未久さんのテーブルに、小さくも温かい湖が2つ出来た。