crocus
過ごしやすい春の気温を感じながら、クロッカスに近づくと、ぼんやりとだけど人影が見える。
もっと近寄れば、それが橘さんだと分かった。
心の準備をしていなかったことから、ドッドッドッと心臓が居場所を激しく主張しだす。だす。だす。
桐谷さんに行き先は告げていたけど、なぜ橘さんがいるんだろうとか、どうして橘さんがいらっしゃるのかと、とにかくプシューっと蒸気を出して若葉終了のお知らせが出そうだ。
「……おかえり。ファミレスで何食べたの?」
「ただいま帰りました。特に何も食べてません…」
「…何も注文しないほど、話し込んでたんだ。あの人と」
橘さんの指摘に、頭部から血の気が引き、汗が噴き出すも、すぐに冷たくなる。まさに青ざめてしまった若葉は、残っている勇気を振り絞って答えた。
「橘さんにとって、不愉快極まりないことをしたことに間違いないありません。そんな思いをさせてしまうと分かっていても、未久さんのお願いを聞かずにはいられませんでした。無神経な振る舞いをして…すみません!」
「ははっ!バカ正直だね。僕は『あの人』としか言ってないけど?なに?未久さん…?随分と打ち解けたものだね」
強く目を瞑って聞くと、頭上から狂気染みた口調で流暢に話す橘さんの声が降り注ぐ。きっと、あと一言話すだけで、橘さんの理性のフューズは弾き飛ぶだろう。