crocus
「…で?一体何をお願いされたのさ?僕との仲を取り持ってほしいとか?」
若葉は小さく首を振って否定しながら、頭を上げてカバンの中から白い箱を丁寧に取り出した。
「橘さんがシェフになったら、フレンチナイフをプレゼントする約束を未久さんとされていたんですよね?それがこの箱に入っているそうです。ただこれを渡してほしいとだけ頼まれました」
若葉は、箱を両手に乗せて橘さんに向かって差し出した。橘さんがぬぅっと片手を伸ばした様子を見て、受け取ってくれるのだと思った。
しかし橘さんは腕を素早く下から上へと振り払った。気を抜いていたために箱は一瞬で手から離れ、宙を高く舞った後、クロッカスの駐車場のコンクリート不恰好に着地した。
「何するんですか!」
思わず語気が強くなり、夜の静かな商店街に木霊する。
橘さんを見上げ、ジジジと睨みつけるも、若葉の斜め前にある街灯が俯いている橘さんの顔を濃い影で隠して表情を覗うことが出来ない。