crocus
心の中で面白がってはみたけれど、説明を待っている三馬鹿の目がうっとおしい。やっぱり黙っていればよかったと、気だるくなる。
「あれー?なんだったかな…?昨日の夜にちょっとイラッてしたから、流れでそんなこと言ったけど…本当に出て行っちゃうなんて思わなかったんだよ。あはは、ごめんごめん」
適当に説明を入れれば、思い出してしまう昨夜の出来事。
腫れ物に触るように極端でもいいから放って置いてほしいことが、どうしてあの子には分からないんだろう。
ありがた迷惑、無神経、お節介、どれも度を越せば、傷を悪化させる菌に等しくなる。
関わらないことも大人の対応だということ、それを無知で恥知らずで頑張り方を間違えている純情女の子に教えてあげただけ。
それなのに朝起きてみれば『温めて下さい』というメモが乗せられ、ラップをしてある朝食だけが、僕たちを迎えた。実際に出ていくなんて、僕への当て付けかと思った。
「まだよく分かんないよ…恵介。若葉ちゃんは、昨日は確かファミレスで誰かと会ってたんだよね?」
「……どういう経緯か知らないけど、僕の母親と会ってたんだよ。そして…僕がシェフになったらフレンチナイフを贈るっていう約束を果たそうとした母親から、昨日それを…あの子経由で渡された。いらないって言ったのに…しつこいもんだから、関わるなって遠回しに言っただけだよ」
最後に会ったのは僕だとしても、例え僕の言葉がきっかけだとしても、結局はあの子の意思で出て行ったこと。彼女が頭を丸めようと、何かを拓こうと、僕には咎められる余地はないはずだ。
「恵介、お前さ…」
口を開いた琢磨の言葉を遮ったのは、来店を告げるドアベルの音。多分全員の脳裏に誰かの帰宅が過り、一斉に扉を見たが、だいぶ下の方で視点は止まった。
そこにいたのは、緊張した面持ちの顔だけを覗かせる6歳くらいの女の子だ。
「あのっ!お花のお姉ちゃん…じゃなくて、えと…かわばちゃん?わかわちゃん…」
「若葉ちゃん?」
「そう!若葉お姉ちゃんいますか?」
誠吾がフォローを入れると、喜んだ小さな女の子は跳び跳ねて全身を店内に入れた。
お客とは思えない女の子が一体何の用事だと言うのだろう。